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禁忌(タブー)と不感症

何で読んだか忘れてしまったが、昔の「まつり」というのは禁忌と日常が反転する日でもあった様だ。
例えば、この日は他所の奥様と姦通しても良い。など。
ハレ(晴)とケ(褻)の区別があったからこそ健全な精神が保たれていたとも言われている。
農民が大多数を占めていた時代は、娯楽も少なく、単調な日々であったから、生活に減り張りをつけるために季節ごとのお祭りがあるのだという話も聞いたことがあったような気がする。
職業は多様化効率化、便利になった分作業は増えた。
 利便性や欲求を追求し続け革新した技術は、家族の食卓と旬というものを隠してしまったようにも思う。
物質も情報も抱えきれぬほど増えて、判断能力は鈍ってしまった。
昔は特別だった物が、現代では特別では無くなってしまった。
様々なことに対し、不感症になってしまった。
大騒ぎはけしからんという声もあるが、非日常を求める事は、健全な精神を保ちたいという安全装置がはたらいているのかもしれない。
人が人では無くなってしまう前に。

(と、真面目な事を書きつつ、だから非日常に身を置く事のできる旅に出かけましょうよという宣伝でもある。)

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